第一展示室(印刷の歴史)
第一展示室では、印刷の始まりから近代に至るまでの歴史を紹介しています。
楔形文字で刻まれた粘土板(実物)
シュメール人が生み出した楔形文字は、紀元前3500年に誕生し、その後約3000年にわたって、メソポタミア地方を中心とした古代オリエントで広く用いられました。展示の粘土板は、紀元前2000年頃にこの地域を支配していたウル第三王朝時代に使われていた実物で、粘土板に葦の茎で文字を刻み込み、天日干しなどによって乾燥させ今に残ったものです。
百万塔・無垢浄光陀羅尼経(実物)
奈良時代に印刷された、制作年度が判明している印刷物としては、世界最古の量産印刷物です。764年に起きた恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱で亡くなった戦死者を弔うため、第48代称徳天皇の勅願により、檜と桜の木で100万基の小塔が制作されました。これらの小塔には、4種類・計100万枚のお経が印刷されて、納められています。これらは770年に完成し、東大寺、法隆寺、興福寺、薬師寺など奈良を中心とする十大寺に10万基ずつ奉納されました。現在、これらが残っているのは、法隆寺のみです。
グーテンベルク印刷機(複製)
1445年、ドイツの金細工職人ヨハネス・グーテンベルクが、鉛を主成分とした金属合金を鋳造し、合金活字を初めて作りました。その後、1455年にブドウ絞り機をヒントに手押し印刷機を発明し、同時に油性インキも開発しました。この発明で彼は世界の印刷の祖と称され、活版印刷は、火薬・羅針盤とともにルネサンス3大発明と呼ばれています。
この展示品は、ドイツの「ラッファー工房」に制作を依頼し、グーテンベルク博物館に展示されている印刷機(実機はすでに存在せず)と同じ仕様で作られており、同博物館館長の監修を受けています。
42行聖書(ファクシミリ版)と零葉(実物)
15世紀にグーテンベルク印刷機によって印刷された「42行聖書」は、当時180冊が印刷・製本されました。現在では不完全本を含め、ヨーロッパを中心に世界に48冊のみが残っています。展示品は現存する実物に限りなく近づけて復元した上下2巻のファクシミリ版で、4~12色のコロタイプで印刷されています。また、展示の「零葉」は下巻121葉目に当たる実物です。
ゼネフェルダー石版印刷機(実機)
1798年、ドイツのアロイス・ゼネフェルダーが石版を使った印刷技術を開発しました。ゼネフェルダーは、ドイツ・バイエルン地方で産出される炭酸カルシウムを主成分とした水成石に脂肪性クレヨンで描写し、硝酸アラビアゴム溶液を塗布した上に油性インキをのせることで、水と油の分離作用で描画の上にインキが定着することを発見しました。
この仕組みは、現在の平版(オフセット)印刷の原点とされています。ロートレックをはじめとする多くの芸術家たちが、この印刷技術を使って作品を制作しました。
ハイデルベルグ活版印刷機(実機)
1927年、ドイツ・ハイデルベルグ社のプラテン印刷機が初めて日本に上陸しました。この印刷機は、自動給紙が可能な大量印刷機として、日本の印刷業界の発展に大きく寄与しました。その後、1950年代後半から数多くの大型活版印刷機が導入され、簡単な端物から原色版までこなす万能機として人気を博しました。当展示機は、1968年に導入された四六半裁判機で、1時間に最大4,600枚の高速印刷と最高品質を誇った、当時では画期的な活版印刷機です。NISSHA株式会社の工場では、40台前後が設置され「原色日本の美術」や「国宝」などを印刷していました。
字母と鉛活字、活字鋳造機(実物)
本展示品は1985年頃まで実際に使われていた字母と合金活字、そして不足した活字を新たに鋳造するための機械です。 グーテンベルクが考え出した鉛80%、アンチモン17%、錫3%の合金比率をそのまま踏襲した地金を活字鋳造機の炉で溶かし、鋳型(字母)に流し込んで活字を作っていました。
京名所案内道法略記(実物)
明治初期、当時の京都の名所を案内するための地図です。版木3枚の表裏に文字や絵柄を彫刻した6色刷の木版印刷で制作されています。注文に応じて店名とその所在地を差し替えて印刷していました。
東海道五十三次(複製)
1832年、江戸から京都へ天皇に馬を納める公式派遣団の一員として東海道を旅した歌川広重は、53の宿場を中心に数多くのスケッチを重ねました。「東海道五十三次」は、それらをもとに保永堂を版元として出版された木版画シリーズです。本展示品は、原本を忠実に再現した複製品です。
杉田玄白他訳の「解体新書」(実物)
1774年、江戸の須原屋市兵衛によって出版された「解体新書」は、本文4冊と序図1冊からなる全5冊の木版印刷本です。杉田玄白、前野良沢、中川淳庵らがオランダ語のクルムス解体書の翻訳に携わり、小田野直武が、緻密で正確な解体図と扉絵を模写しました。出版後、何度も改訂版が出された人気の本でした。本展示品は、初版本です。
長崎版「英文典初歩」(実物)
1856年、長崎奉行所内に設立された「活字判摺立所」において、オランダ製の印刷機を使い、4年間で7点の書籍が印刷されました。4番目に出来上がったのが展示のペイル / スヒョルト編「英文典初歩」です。左にオランダ語、右に英語が記されています。この事業には、日本の印刷の父と称される本木昌造が携わったとされています。ここから日本での本格的な活字印刷が始まりました。
木活字(実物)
中国元時代の1314年、王禎が硬木を彫刻して3万個の活字を初めて制作しました。しかし、文字選びの煩雑さと活字の摩耗のしやすさから、木活字は一般にはあまり普及しませんでした。
言林
1949年に発刊された戦後初めての新仮名使いによる本格的な国語辞典です。2,300ページを超える膨大な活字量に対応した出版物です。発売と同時に大きな話題となり、再版を繰り返しました。
謄写版(実物)
1894年、トーマス・エジソンが発明したミメオグラフ(複写機)の原型を堀井新治郎が改良し「謄写版」(ガリ版)と名付けました。展示品はごく初期に活躍した小型版です。
古事記
上・中・下 (複製)
奈良時代の712年、当時語り部によって伝えられてきた天皇神話を含む歴史を、太安万侶の執筆によって全3巻にまとめた日本最古の書物です。本展示品は原本に近い和紙を使い、忠実に再現した3巻和綴じ本の複製品です。
嵯峨本徒然草(複製)
嵯峨本とは江戸時代の初め、京都嵯峨の豪商角倉家が本阿弥光悦らの協力を得て古活字を使って出版した私刊本です。展示品は1934年に印刷された複製品です。
友禅きもの見本帳
昭和の中頃、年に1回発行されていた「きもの見本帳」は、モデルの撮影から手がける大変に大掛かりな仕事でした。原反見本に合わせて高い色調再現が求められました。展示品は1957年に制作されたものです。
第二展示室(明治の建築遺材)
NISSHA株式会社の構内再開発に伴い取り壊された建物の一部を、貴重な明治の建物遺材として展示しています。
第三展示室(タイプライター・鉛筆削り器などのコレクション)
さまざまな形状の欧文タイプライターや鉛筆削り機のコレクションを展示しています。
また、NISSHA株式会社が印刷を手がけた「国宝」全6巻(1962年)や「原色日本の美術」(1966年)など、当時の印刷技術の粋を集めた貴重な美術書を自由に閲覧できます。